2015年10月20日火曜日

ヒトリ主義night2015③ 2日目のこと

中庭からのヴィオ・パーク劇場
2日目、外は雨。
朝起きて今日やるセットリストについて考えていた。

1日目とは曲順も変えて、1日目にやらなかった曲を2曲入れる予定だった。

しかし、本当にこれでいいのか?

3人でいつも通り輪になって座って、「セットリストを考え直したい」と話を始めた。

実は、1日目にやらなかった2曲のうちの1曲はカバーで、アレンジもかなり練ったし、直前までかなり練習をしていて、リハまでしていた。(ちなみに吉田拓郎「今日までそして明日から」)

カバーをやるというのはものすごく難しいことで、やっぱりその曲をやる絶対的な理由が必要だと思う。
だから、選曲もかなり考えてやっと決まったものだった。
さらに、そこから自分たちの表現としていかにやれるのかを考えるのも本当に難しかった。
本番1週間前にやっとアレンジが決まって、愛着もあった。

しかし1日目が終わって、この場だからこそ自分の言葉で歌いたいという気持ちがあったのだ。

3人で話し始めて、それぞれの気持ちを出し合ったけれど、数時間話してもなかなか答えは出なかった。

最終的には「この舞台でどうすれば自分たちが最も密度を濃く、重く、やれるのかで決めよう」という話になった。

その後、坐・フェンスのメンバーと車で近くのコンビニにお昼を買いに行くことになった。
もう開演まで2時間を切っているのにまだセットリストが決まっていない。
そわそわした気持ちのまま行った。

お昼を買った後、青空が見え始めていた。
橋本さんが「ちょっと遠回りして青空を見に行こう」と言ったが、正直話し合いが終わっていなかったので帰ってバンドメンバーで話をしたかったが、とりあえずついていった。

車の中から外を眺めていると、確かに広い空の少し遠いところに青空が広がり始めていた。

今日は晴れるのかもしれない。

「なんでもない歌」の後半は外に出ない予定だったけれど、もしかしたら外に出るかもしれないとちらっと思った。

劇場に戻ったらすぐにセットリストは決まった。
1日目とほとんど同じだけれど、今日の私たちでやれることをやろうということになった。

***

2日目は出番がわりと早めだったし、あまりウォーミングアップをする時間がなかった。

相変わらず失敗するイメージばかりわくけれど、やるしかない。

「なんでもない歌」の後半ではいつも動きたいように動こうと思っていて(メンバーにもどうするか伝えていない)、1日目は中庭に出たのでそれを「動」とするならば、2日目は「静」のイメージかなとなんとなく思っていた。
そこで、何か言葉を言おうと思っていたのだが、あらかじめ言うことを考えるとそれをなぞろうとして絶対におかしなことになるので、あまり考えずにいくことにしていた。

本番で言ったことは、数ヶ月前に実家の布団の中で急に出てきた言葉だった。

それを言った後、やっぱり青空が見たくなって、外に出た。
空を見ると、青空だった。青空の下、くるくる走り回った。子どもの頃に一輪車でただただくるくる回っていたことを思い出した。
うれしくて幸せだった。何にも邪魔されない時間だった。

自分に、そんな衝動があったのかと驚いた。
どこに隠し持っていたのだろう。
それで今までどうやって生きてきたのだろうか。


最後の曲は、ヒトリ主義nightで歌うために作った「STAGE」をやった。

その日は始まった時から何度もマイクが落ちてきてその度に直していたのだが、「STAGE」の時にはちょっとの合間に上げてもすぐに落ちてきてしまって、しまいにはお腹くらいまで落ちてきてしまった。

かなり戸惑ったけれど、ふと思い出したのが前に見たたまの「さよなら人類」でテレビ出演した時の映像。

ギターのラインが抜けてしまっていたらしく、知久さんがギターの音をマイクで拾おうとしていたのか顔が見えないくらい下を向いて歌っていて、めちゃくちゃかっこいいと思ったのだ。

結局、弾いたことない姿勢でギターを弾いて歌い続けた。(途中のギターお休みポイントでなんとか上げられたけど)

相変わらずうまくやれなかったし、舞台に立つのはこわくてたまらなかった。

それでも、この舞台に立てて本当にうれしかった。

来年もまた出たいなんて簡単には言えないけれど、バンドは続けたいし、舞台への思いを持ち続けていたいと思っている。

大げさではなくて、これまでの人生も含めて私という人間がすべて出たステージだったと思います。
つらいところもあるけれど、そんな経験をさせてもらえたことに心から感謝したいです。
ありがとうございました。

<セットリスト10/11>
1 無風
2 白川
3 夕焼け小僧
4 スター
5 なんでもない歌〜 線点スver.
6 STAGE